パンクファッションについて【音楽とファッション Vol.1】




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今回からのmodaddiction(モーダディクション)では、音楽と関連するファッションを歴史も一緒に取り上げていくシリーズを初めていきたいと思います。シリーズばっかりすいません。皆さんに紹介しないといけない事が多すぎて。

さて,記念すべき第一弾はパンクファッション。パンクファッションについて歴史を振り返りながら解説していきます。

パンクファッションの立役者 マルコム・マクラーレンとヴィヴィアン・ウエストウッド


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まずはこの二人から紹介しましょう。マルコムは美術大学を卒業後、同棲していたヴィヴィアンとに服を作ってフリーマーケットで売り生計を立てていました。

その後規模は拡大し、1971年に二人でイギリスにファッションのブティック「LET IT ROCK」を開店しました。1974年にマルコムが渡米した時にニューヨーク・ドールズというパンクバンドを気に入り、マネージャーを務めますが、バンドはすぐ解散しました。

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この頃、ニューヨークのアンダーグラウンドではパンクロックが流行していました。このパンクロックに目を付けたマルコムはイギリスに戻り、ブティックの店名を「SEX」に変え、ゲイ・SMから着想を得たボンテージファッション売り出しました。またマルコムはストランドというバンド組んでいた若者たちに「SEX」の常連であったジョニー・ロットンを加入させ「セックス・ピストルズ」を結成させました。

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マルコムはセックス・ピストルズを商業的・音楽的に肥大化した既存のロックへのアンチテーゼ、過激で反社会的なイメージ戦略、つまりパンクのスタイルで売り出しました。また服装も渡米してマネージャー時代に出会ったリチャード・ヘルの服装から着想を得て、メンバーに破れたシャツやジーンズ、安全ピンなどをつけることを提案しました。
当時のイギリスは中東戦争によってオイルショックが起こり、経済不況に陥り、失業率が上昇、怒りのはけ口もない為、人種差別も問題化するといった状況でした。

そんな中、アナーキズムを扇動したり、エリザベス女王をおちょくる曲を演奏し、客には唾を吐いたりなど当時の保守的なイギリスではタブーな反社会的メッセージを発信するセックス・ピストルズに若者は熱狂し、バンドは大成功。SMの要素を持っている前衛的なパンクファッションも支持され、パンクはイギリスの若者たちに一大ムーブメントを起こし、ヴィヴィアンは「パンクの女王」と呼ばれるようになりました。

ちなみにですが日本ではヴィヴィアンの前身ブランドである「セディショナリー」がパンクファッションの起源と言われていますが、セックス・ピストルズのメンバーはほとんどが自分の服を引き裂いたりなどして自作し、その自作したデザインを作った数週間後に似たものが「SEX」に並んでいたといいます。服も提供されていたわけではないようです。(ジョニー・ロットンはヴィヴィアンと仲がよかった為、高価なガーゼシャツなども譲ってもらっていたみたいですが、ほとんどの服は自前みたいですね。)

パンクファッションの特徴

歴史も振り返れたことでパンクファッションの特徴について見ていきましょう。

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特徴としては、破れたTシャツやジーンズ、安全ピンやチェーン、剃刀の刃をアクセサリーにしたり、寝ぐせのような髪などで反逆的で過激なイメージです。またSMやボンテージに使われるような皮革やビニールなどが使われます。写真を見る限り、え?これがパンク?と思う方もいらっしゃるでしょう。70年代のパンクファッションはどちらかと言うと意外と普段着に近いものです。


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パンクリバイバルが80年代に起こった以降は今までのパンクファッションに加えて、鋲打ちの黒革のジャケットやスキニーパンツ、キルトやスカート、格子柄のチェック、リストバンドやシルバーアクセサリー、原色に染めた髪を立上げたり、モヒカンにしたりスキンヘッドにしたりタトゥーを入れたりですね。多分皆さんがイメージされるのはこの80年以降に広まったパンクファッションでしょうね。

足元はコンバースやスケート用のシューズ、ブローセルクリーパーと呼ばれる厚底の靴、ドクターマーチンのブーツなどが好まれています。リバイバル以降は髑髏がモチーフに使用されています。髑髏は死のシンボルですが、パンクでは反戦のシンボルとして使用されていることが多いです。

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また日本では漫画「NANA」の影響からか、パンクファッションが一般層まで知れ渡っていますが、未だにロックとパンクが混同されていることも多いです。また、パンクスと呼ばれるパンクを信条とする人たちは、パンクの思想である「D.I.Y」(do it yourself。自分でできることは自分でやる)という信念から革ジャンやベルトに自分で自作で鋲を付けたりするんです。

 

 

大体こんな感じでしょうか。グランジやグラムファッションなど多くの音楽に関連するムーブメントは起きていますが、ここまで大きいムーブメントは起きていないように思います。今後もこのようなムーブメントが起きてくれないかなーと思いますね。

 

さて、今回はここまで。皆さん、よかったら70年代を席巻したセックス・ピストルズの音源も皆さん聞いてみてください。ではでは